中共の日本文明総体継受
コラム#8407(2016.5.20)
本日も、中共官民の日本礼賛記事群だよー。
とにかく、諸君は、進行中の世界史的大事件──支那の日本文明総体継受──を目撃してるんだぞー。↓
「──新財富雑誌のウェイボー公式アカウントは──中国人観光客の受け入れに対して日経中文網が過去に掲載した記事を「日本はなぜ中国人観光客を歓迎するのか?」との見出しで要約し紹介した。
新財富雑誌が紹介した日経中文網の記事とは、2015年5月21日に掲載された「日本はなぜ大陸客への抵抗運動がないのか」との見出しの記事だ。同記事は、中国大陸からの旅行客受け入れついて、「香港では大陸からの観光客を『イナゴ』と呼び、受け入れに反対運動が起きた」と紹介する一方で、「日本では、2010年9月29日に発生した釣魚島(日本名:尖閣諸島)海域での衝突事件直後に日本の右翼団体が起こした事件以外、中国人観光客が排斥された話を聞かない」と冒頭で述べている。本文では「お客様は神様」、「おもてなしの心」など、接客するときの「日本人の精神」などを紹介している。──」*「──人民網は──「日本語の美しさ 花が落ちることを表す様々な方法」とする文章を掲載。日本語では花が「終わり」を迎える様子に対して、さまざまな動詞が用意されており、「情緒に富み、多彩な表現方式」を持っていることを説明。その動詞の種類を、代表的な花とともに紹介した。
まず、「散る」。これに組み合わせられたのは、やはり桜の花だ。「桜散る」という言葉は、試験に落ちたり願いが成就しなかった時にも用いられるとしている。「こぼれる」は梅の花と組み合わせた。そして「落ちる」の代表として椿を紹介。ポトリと落ちるその姿が死を連想させるため、病院のお見舞いには忌避されるとも解説した。
このほか、「しぼむ」は朝顔、「舞う」は菊、「崩れる」は牡丹の花が枯れる際に良く使われると説明。一方で、これらの組み合わせはあくまでも一例であり、固定化されたものでないことを併せて指摘。「日本語において花が開き、花が枯れることを形容する方法はとても多く、とても自由なのである」と伝えている。」*「──捜狐──記事は、日本人の家にお邪魔すると「驚きぼう然としてしまう」とし、「家の中にチリ一つ落ちていない」ことを説明。「フローリングもピカピカ、キッチンもピカピカ、冷蔵庫もピカピカ」と画像付きで紹介した。──
そのうえで記事は「友人が片づけた家を見物し、もはや家に帰りたくなくなった」とし、「日本の主婦たちはどうやってこれほどキレイに家の中を片付けるのか」と問題提起。友人の話から、多くの「主婦にとっての神グッズ」が存在することに気が付いたと説明し、その一例を紹介している。
記事が紹介したのは、洗濯機の洗濯槽クリーナー、便器の内側に塗るタイプの洗浄・芳香剤、泡で毛詰まりなどを解消する排水管クリーナー、便座除菌クリーナー、スプレー式の油汚れ専用台所クリーナー、活性炭を使った冷蔵庫の消臭剤などだ。」*「──捜狐──文章はまず「まず思い返してみよう。印象に残っているレストランとは、どんな店だっただろうか」、「料理のスタイルか、サービスか、それともレストランの雰囲気か」と問題提起。そのうえで、「多くの場合、味覚の記憶よりも、店に滞在した際の感覚の記憶の方が長持ちする」とし、空間の照明や光のデザインが実に重要であることを説明した。
そして、実際に日本の料理店における照明デザインの画像を複数枚掲載。天井からカウンターや座席に注がれる、必要最低限の柔らかな照明の様子や、さらにその灯光を和らげるために設置された網の目状のオブジェクトと、その効果が見て取れる。
文章は「総じて、食事エリアの照明は機能的な部分を満たすと同時に、その環境を美しく見せなければならない。それは、人、食べ物、食器そしてその他の設えが最も映えるようにしなければならないとともに、空間全体にも明かりを提供する必要があるのだ」と解説し、日本の店ではこれらの点が十分に考慮されていることを伝えている。」*「──維度女性網──記事では、「日本のグルメにまた新たなものが出現した」として「水信玄餅」を紹介。寒天を使って丁寧に作られた透明な「水信玄餅」はまるで「巨大な水滴のようである」と形容。日本のある菓子店が、もともとある「信玄餅」の原料をもち米粉から寒天に変えたことで、みずみずしい見た目を備えた「水信玄餅」を作り出し、たちまち人気が爆発したと説明している。
また、実際に食べたことのある人の話として「30分以内に食べないと、時間の変化とともに融けてしまう」、「口に入れた瞬間溶けてしまう」との感想を併せて紹介。さらに、主要な原料である寒天について紹介するとともに、寒天を使って作った様々な色の透明な寒天ゼリーの写真を「水滴ケーキ」として紹介した。」*「──新華網は──「あなたは本当に抹茶を理解しているか 抹茶に関するトリビア」とする記事を掲載。日本の抹茶についての豆知識を11点紹介している。まずは、「抹茶は実は中国起源である」という点だ。抹茶は隋の時代に起こり、日本では9世紀末に遣唐使によって伝えられて大いに発展した一方、本場中国では茶を挽く習慣が途絶えてしまったと説明している。
2点目は「単に緑茶を粉砕したものではなく、茶葉を厳選して摘み荒茶に加工し、茎や葉脈を取り除いた後で挽くという複雑な生産工程」を経る点。それゆえ、抹茶の価格は一般の粉末緑茶よりもはるかに高いと説明している。実際、抹茶は新芽の収穫前には覆いをかける、煎茶に存在する揉みの工程がない碾茶を用いるなど、特別な手間や技術を要するのだ。記事はまた、石臼の重要さにも言及。挽いた抹茶は2-20ミクロンという他の磨砕方法では成し得ない細かさにまで到達するとした。
このほか、「日本ではかつて皇族や武士にしか抹茶を味わう資格がなかった」、「生産量は少なく、中国国内はもちろんのこと、日本で買ったものも実は粉末緑茶である可能性がある」、「美味しいだけではなく、栄養も豊富に含んでいる」、「泡の美しさが追求される」、「光に弱く、遮光しないとすぐ劣化する」などといった点についても紹介している。」*「──捜狐──記事はまず、日本の航空会社はそもそもフライトの遅延がとても少なく、定時出発率が90%以上と世界平均レベルを大きく上回っていると紹介。そのうえ で、残念ながら遅延が発生してしまった時、日本の航空会社は直ちに乗客に通知、状況説明し、スケジュールを調整することで、損失を軽減することに努めると 説明した。また、各会社の公式サイトやメールでも速やかに情報発信を行うとした。
さらに、乗客が遅延の原因や新しい出発時間を尋ねることなく、スタッフがすすんで謝罪を行うとともに詳しい説明を行うとも解説。その後飛行機が目的地に 到着した際にも乗組員全体が謝罪すると伝えた。そして、遅延やフライトキャンセルによって生じた損失について、航空会社が規定に基づき迅速に費用負担や、 飲食の提供などを行うと説明している。
このほか、日本にはクレジットカードなどに飛行機の遅延保険がセットされていることがある点、遅延によって到着が深夜になった場合は航空会社が速やかに交通費の支給ないしは立て替え精算を実施する点などについても紹介した。
記事は最後に、「飛行機は天気の影響が非常に大きく、不可抗力による遅延は致し方ない」としつつ、「しかし、日本の航空会社は乗客にもたらされる損失を 最低限にまで抑えているのだ。どうりで日本では遅延が生じてもトラブルが少ないわけだ、と感慨を抱かずにはいられない」と締めくくった。」*
コラム#14163(2024.4.20)
二 漢人文明
黄河文明諸国及び楚が、半ば楚化したところの、黄河文明の秦によって統一され、すぐにその秦帝国が漢なる楚の弥生的縄文人勢力によって打倒され、ここに縄文的弥生人の支配層と普通人の被支配層からなるところの、発展的にしてほぼ近代を達成した黄河文明は滅び、ポスト長江文明たる、弥生的縄文人の支配層と普通人の被支配層からなるところの、退嬰的にして停滞的な漢人文明が成立する。
この漢人文明の諸王朝は、黄河文明由来の孔子の思想ならぬ儒教を国家イデオロギーとしたがそれはタテマエに過ぎず、ホンネは、長江文明由来の墨家の思想に拠っており、統治は緩治にして軍事軽視、社会は一族郎党社会、という特徴を持つ。
(長江文明下のかつての被治者たる弥生的縄文人達は、緩治にして軍事軽視の支配層の下で生きていくために、旧黄河文明の普通人/一族郎党文化を継受せざるをえなかった、と、見る。)
この漢人文明の支配層たる弥生的縄文人は、プロト日本文明の支配層たる弥生的縄文人との間で近親者意識を抱き続け、この意識は、プロト日本文明転じて日本文明の支配層たる弥生的縄文人転じて縄文的弥生人との間でも維持された、とも、私は見るに至っている。
なお、「中共の史学会では、支那が西洋に立ち遅れた原因は明の海禁政策に有ると考えられており、16世紀までの支那経済の発展は西洋に対しても大きな差がなかったが、国家間・地域間の相互刺激を通じて社会や経済の発展を促す貿易が海禁によって抑制されると支那の成長活力は減じられ、西洋に遅れを取ることになったとする──」* が、明建国の14世紀中頃に、既に、支那は西欧に決定的に後れをとるに至っていたのだ。(コラム#14114、14116)
中共当局は、そんなことは百も承知だと私は考えているところ、彼らは、支那を、この漢人文明から日本文明に切り替えるべく、日本文明総体継受戦略を遂行中である、と、かねてから私は指摘してきたところだ。
コラム#14835(2025.3.22)
五 中共当局の天皇観
毛沢東以来の中共の歴代当局は、歴代天皇が、戦前は大日本帝国憲法の天皇機関説的に解釈して事実上権力を持とうとしなかった、し、戦後においては日本国憲法に基づき法的に権力を持てない、にもかかわらず、日本の方向性を規定してきたのであって、対支那政策に関しては、日本政府をして、戦前は中国共産党を支援して政権奪取寸前にまで持って行かせてくれ、戦後においても中国共産党政権を陰に陽に支援せしめ続けてくれ、たところ、そのことに対し、畏敬と感謝の気持ちを抱き続けてきた、と、私は見ている。
不満は、戦後、歴代天皇が、日本の再軍備に反対してきたことくらいであろう、とも。
その上で、日本文明総体継受が概ね成功裏に完了したならば、中国共産党が支那を支配する体制もその役割を終えることだろうが、そんな暁においても、(日本においてすら消滅しつつある)日本文明を支那において引き続き維持するとの方向性を揺るがせないためには、支那においても、かかる方向性の変更を許さないだけの権威を帯びた天皇制的なものが不可欠であって、自分が中共の最高権力者である間において、そのための基盤整備を終えなければならない、と、習近平は考えているのではなかろうか。
ちなみに、2011年には、ダライ・ラマ(14世)──毛沢東と習仲勲を高く評価していた(既述)!──がチベット亡命政府の長から引退し、「ダライ・ラマがチベットの政教両面の権威者の座に即くというダライ・ラマ5世以来の伝統を終わらせることになった」* が、中共は、天皇制採用に関し、チベット亡命政権に先を越されたことになる。