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日本文明否定

コラム#14417(2024.8.24)

3 新しい日本史:戦後
(2)明治天皇と島津斉彬コンセンサス信奉者達の暗闘
  オ 昭和天皇による日本文明否定
  (ア)戦前:プロト日本文明回帰布石

 「昭和天皇は、自分もそうであるところの北朝系の歴代天皇が、明治、大正両天皇と自分自身とを除き、軍事に直接には関わらなかったこと、かつまた、(自分自身を含む)光格天皇家の歴代天皇が、全天皇の中で、とりわけ、私の言うところの縄文人的であったこと、をも踏まえつつ、自分の代で天皇制の継続が危ぶまれるような事態に陥ったのは、日本に国軍(国家の軍隊)が存在し、(国際法上)天皇がその日本の元首である以上、天皇が直接軍隊に関わろうと関わるまいと、観念的、かつ国際的、には、天皇が、即、国軍の総司令官であるとみなされるところ、その国軍が暴走したからなのであり、日本に武装放棄──させれば天皇制が恒久的に継続する可能性が顕著に高まるはずであると考え、そうすることとし、但し、それだけでは非武装の日本が外国の侵略を受けて天皇制が廃止されてしまうというリスクが残るので、当分の間は連合国の中の世界覇権国であり続けるであろうところの米国を全面的に信頼することにして、その米国に日本の国際的安全の確保を依存することとし、その担保として米国の軍隊を日本に駐留してもらおう、と、1943年末までに決意した、と私は考えるに至っている次第だ。」(コラム#12833)

 「戦後日本には、単なる縄文モードの深化、と、縄文モードの深化プラス日本文明からプロト日本文明への転換、の二つの選択肢を杉山元らは残してくれたところ、昭和天皇、岸信介、及びその他大勢、が、後者を意識的に選択したのであって、別段、それは、日本の戦勝の必然的結果ではない」(コラム#14191)ことを、我々は銘記すべきだろう。