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一筆書き・理念/軍事重視史観歴史観

コラム#14360(2024.7.27)

2 新しい日本史:戦前まで

 「今回の話を始めるにあたって、──私の──一筆書き・理念/軍事重視史観歴史観について、もう少し説明しておこう。
 まず、第一に、歴史を動かしてきたのは有力者達だ、ということだ。
 第二に、この有力者達は、比較的単純な世界観ないし思想を抱いているのが通例であることだ。
 (なぜなら、非有力者達に対しても、この世界観ないし思想について、その概要ないし一部を伝える、或いは方便を用いて伝える、ことによって彼らを有力者達の下に糾合した方が、利害だけで自分達の下に糾合するよりもコスパ的に望ましいところ、複雑な世界観ないし思想であれば、その概要ないし一部を伝える、或いは方便を用いて伝える、ことすら容易ではないからだ。)
 第三に、この世界観ないし思想は、歴史の方向性というレールを転轍させる天才──転轍手たる天才──が創り出すものであることだ。
 以上は一般論だが、日本史の場合、ユニークなのは、ヤマト王権時代から戦前の昭和時代まで、歴史を動かしてきた有力者達が、一貫して天皇家ないしは天皇家ゆかりの人々を中心とする人々だったことだ。
 だから、私は、自らの日本史観を、一筆書き・家理念/軍事重視史観歴史観、と称するわけだ。
 そのうち、天智天皇の時代から明治天皇の時代までは、もっと絞られ、天皇家と藤原氏の嫡流家、プラスアルファ、の人々だった。
 これは、天皇家ないし藤原氏の嫡流家の人々が、総体として、概ね、広義の政治的判断を誤らなかったおかげで、天皇家も藤原氏の嫡流家も存続することが許されたからこそであって、いかに、彼らの大部分が、有能かつ自己研鑽を怠らない人々だったかが明らかだろう。
 また、日本史の場合、(この点は古代ユダヤ史と表見的に似通っているが、)転轍手たる(古代ユダヤ史における預言者ならぬ)天才が、間隔を置いて、次々に出現し、それぞれが、それまでの転轍手たる天才達が(ユダヤ人ならぬ)日本にもたらした成果を活かしつつ、その都度、歴史の方向性というレールを新しい方向へと転轍させてきたことだ。
 これらの天才達を私なりに上げれば、天皇家の人々が3人、天皇家以外の人々が4人、であり、それぞれを、ごくかいつまんで紹介すると、次の通りだ。

一、縄文的弥生人を創出すると共にこの創出された縄文的弥生人の縄文性維持方法を発見するとの聖徳太子コンセンサスなる課題を定立したところの厩戸皇子
二、縄文的弥生人の創出という課題への解答として封建制への移行とそれによる武士の創出いう解を示した桓武天皇
三、武士を維持したままでの日本の中央集権制への回帰とその日本による縄文性の国外への普及を訴える日蓮主義を唱えた日蓮
四、日蓮主義を天皇家において採択すると共に、武士の縄文性維持方法として習合臨済宗──臨済宗、天台宗、真言宗の習合──を確立させた後醍醐天皇
五、日蓮主義の実行に着手した織田信長とその高弟豊臣秀吉
六、帝国陸海軍なる新たな縄文的弥生人集団を核とする中央集権国家たる日本を創出して、その日本に日蓮主義を完遂させるという島津斉彬コンセンサス──を定立したところの島津斉彬
七、島津斉彬コンセンサスを帝国陸軍に実行させてほぼ完遂させることに成功した杉山元(コラム#12103)
 ところで、この他に、転轍手となったところの、問題の人である昭和天皇がいるわけだが、その話は後で改めてしよう。